宗教政党って、「宗教を語って商売すれば税が免除されるという不平等な税制をやめます」ってゆう公約を掲げたらおもしろいのに。
今週の『INsideOUT』は、どの党にも哲学が無いって言ったり、ロマンが無いって言ったり、おまえらマスコミの扱い方が各論にスポット当てるからだろって感じで、「悲観的なことを言う方が頭良く見える」っていうパターンに陥ってる様子でした。ほんでそう言う“前議員”が例えば自分はこういうロマンを持ってるって言う例が、「え、そういうの!?それならどの党でも言ってるんじゃねえの!?」っていう程度だったりする。
昨日の『ニュースで英会話』で英字新聞の記事が出来る様子を取材されとって、その中で英語のネイティブスピーカーじゃない記者が書いた「Although it is women who want long lashes ~」という文が「これじゃあ女の人全員が長いまつげを欲しいってゆうふうに聞こえてしまう」と上司に添削されていた。
わしは普段、「全ての人が待っていた待望のセカンドアルバム発売!」とか「みんなが涙した映画!」とかいう宣伝を聞くと、「ファンの人は待ってたかもしれんけど俺は待ってねえよ!」とか「泣いてない人もいるんじゃないの?」とか当たり前のことを思って、その宣伝文句に自分の側で注釈を「実はみんなじゃないけどね」という補足をつけて聞く習慣になっとるわけですが、そういう「みんながそうだ」という言い回しがやたら多い日本では、さんざん聞かされてその言い回しに慣らされてしまっとるけど(わしは慣れてないけど)、英語圏では「みんながそうだ」という言い方には抵抗がある人が多いのでしょうか。
学校の英語で「We Japanese think ~」っていうような言い方を習ったけど、これもどっかで「それだと日本人全員がそう思ってるというふうに聞こえてしまう。だから言い方を変えないと駄目だ」と説明してるのも聞いたことがある。そうなのか。日本だと「男の意見を代表して言わせてもらうと~」とか「血液型ナニ型の人はみんなそう~」だとか、そういうのばっかりやたら聞くけどなあ。
今日の朝日新聞・島﨑今日子「キュー」は、『SONGS』の中森明菜編について。ラテ欄の記事って、たいていわしが見たことない番組について書かれてるので、わしはもれ聞こえてくる程度の薄い番組知識を元に面白がったり、つまんながったりしてるのですが、この「キュー」は、他のラテ欄のライターがあまりピンとこない文章書いてたり平凡だったりするのに比べて、的を得ているように感じられておもしろく読むことが多いのですが、この番組は見ました!見た番組の記事だといつもと違う印象になるものですね。
で、さすがの歌いっぷりという評価。わしはカラオケみたいに感じました。ありがちなカバー企画を独自の路線と感じるほど商業音楽に疎くもないしなあ・・。
わしは、『SONGS』はチューリップとか石川セリとかあみんとか見てるけど、なんで中森明菜は後ろに演奏者並べての生伴奏にしなかったのでしょう。まさかNHKが中森明菜程度にそんな予算はかけられん、というわけでもないでしょうに。
ABCニュースで市民オーケストラの自称“Terrible Orchestra”を取り上げて、BBCのオーケストラの映像と並べてどんだけ“Terrible”かを引き立たせとったけど、これが、わし、結構“Terrible”な市民オーケストラに感動するんだよな。中森明菜はこのオーケストラを伴奏に『SONGS』歌ったら良かったのに。冗談じゃなくいい『SONGS』になる気がする。
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