単発であった『ブラタモリ』が毎週放送で始まったけど、冒頭の学生がわさわさ集まるうるさいとこいらんなああ。で、『タモリ倶楽部』見ててたまに思うことじゃけど、今回ブラタモリ一回目見て改めて思ったのは、『タモリ倶楽部』で東京の街歩きしてても、人がわさわさ集まってくる場面て見んよねえ?あれ、タモリとか他ゲストも結構有名な人が出とったりして歩いとったりするのに、集まってこんのかなあ、ってたまに思うんじゃけど、『ブラタモリ』は結構集まって来てるよねええ。あれは何なんだろう。何の違い?そうゆうシーンをカットするかどうかのスタッフのセンスの違い?カメラの枠の外のスタッフの働きとか、多くて目立つとか、そうゆう違い?
『東京JAZZ2009』のVol.4でマッコイ・タイナーとジョン・スコフィールドが競演しとった。二夜目土曜日のラジオ生放送でジョン・スコフィールドのステージを聴いた時に、まっとうなブルースで期待した感じじゃなかったってゆう感想を言ったけど、これが期待してた感じです!こっち。
大西順子はやっぱりいい。無茶いい。
『美のメロディー 音楽の女神たち』って企画自体は出色な企画だとは思えないけど、仙道さおりがそのメンバーの中に入ってるってゆうのでかなり惹かれて期待して見たのですが、仙道さおりはフューチャーされるメンバーの中に入っとらんかった!センスが合わんわああ、スタッフと。
村治佳織や上松美香や小林香織、川井郁子なんかが起用されるのは、どこの番組でもやるとして、そんなボーカルやリード楽器にしかスポット当てないんじゃ、特に改めての企画ってゆうよりそんじょそこらの番組と同じじゃないですか。
昨日見た映画は、『レス・ポールの伝説』(07年)。ジャンゴ・ラインハルトにプレゼントされたギターを持ってるってのがすごいよなあ。
先週見た映画は、『ラウンド・ミッドナイト』(86年)。
『世紀を刻んだ歌』のヘイ・ジュード編は何度も見てる気がしますが、見る度に必ず思うのは、森雪乃丞が出るとこって要るか?ってことです。職業作詞家が言うことを聞きたがってる人がこの世にいくらかばかりいるってのが理解できないです。わしは全く興味ありません。そこがなければいいドキュメンタリーなのに、それがわざわざリズムを損なわしてます。
キンキンが指摘するまでもなく、“地上波”と呼ばれるものに代表されるメディアは、エンターテインメントに限らず、“報道”とゆう分野でもバランスが異常に悪い“情報”を垂れ流しとるわけじゃけど、そういう“情報”を浴びた後で『パックインジャーナル』を見ると、「え、実際はそういう話なん!?」ってうろこが落ちたり付いたりすることが多いですねええ。これが地上波が見られてるのと同じ度合いぐらい『パックインジャーナル』が見られるようになると、わりと国民のみなさんの情報バランスがとれるようになるように思いますが。不可能!
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