メディア上でされる「正しい日本語」つっこみにおいて、敬語の使い方が間違ってるだとか、その慣用句は本来そうゆう意味じゃない!とゆうつっこみはよくありますが、あまりつっこまれることのないものについて。
誰かが何かしゃべっとって、言葉が足りなくて話の意味が分からない時に、「主語がないねん!」とつっこむのをよく見ますが、そのほとんどが目的語であることが多いです。日本語の構成要素を「主語」しか知らないのか、主語の意味を間違って覚えてるのか理由はよく分かりませんが、「目的語がないねん!」と突っ込んでる人を、僕は見たことがありません。むしろ、日本語は、「主語が省略されることが多く、それで意味が通じる言語」だと言われていることを基本にしても、省略されてて意味が分からない場合は、他動詞に付随する目的語が省略されてることの方が多いです。
そうゆうことを分かって例のつっこみを見てると、言葉足らずでつっこまれてる方よりもつっこんでる方が間抜けに見えるという肩透かし感が生まれます。敬語が間違ってるようなのは「近いとこを言ってるんだけどなあ・・」感がありますが、主語じゃないものを主語と言ってしまうのは、ちょっと遠いです。つっこみはキレよく正確に。
昨日も、『ジャンクSPORTS』でダウンタウン浜田さんがカーリング本橋麻里嬢に「主語がないねん!」と突っ込んでおりました。
大メディア上であまりされないつっこみをついでにもう一つ。テレビ欄見とったら、今日の東京フレンドパークに「地上デジタル推進大使」が出るそうですが、地上デジタル放送移行って、今、メディアのあちこちでゆっとるエコエコだとか、「もったいない精神」だとかとは全く逆走の話だからね。アナログ放送のままじゃったらまだ使えるテレビを大量に廃棄させて新しくテレビを買わそうっちゅう話なんだから。政治家と経済界がつるんでるんだか何だか知らんけど、このことを何か怪しくない?とメディア上で言ってる人を1度ぐらいしか見た記憶がないです、わしは。そりゃあ、当の本人のテレビ屋たちはそんなこと言わんじゃろうから、ネット上のどこかで誰かが静かにつっこむぐらいしか方がないような気が・・。携帯電話会社、通信業界のことをテレビの人らがあまり話せないのと同じぐらい、メディアがだんまりを決め込んでる感じで恐いです。
とゆうことでメディアの奴らが触れたがらない話題にメディア上で触れるとゆう大技は、キンキンこと愛川欽也に任すとしまして、とゆうことで、10周年「パックインジャーナル」でお願いします!
『えいせい魂 シーズン2』に杉作さんが出るとゆうので見たら、細野晴臣まで!「杉作J太郎の妄想恋愛」、おもしろし。他出演、澤田育子、村松利文、大橋未歩、碑文谷潤など。
昨日見たライブ映像は、『マイク・スターン/モントリオール1999』。ドラム、デニス・チェンバーなど。
テレキャスターでジャズを弾く男こと、マイク・スターン。かっこいいです。それで、メンバー四人とも当然うまいわけですが、ふと思ったのが、こうゆう舞台に出て来る人たちは皆、同程度以上のレベルに達していて、みな同じくらいうまくて、同じようなフレーズを弾けて・・、どうゆう場でどうゆうフレーズを弾くべきか知っていて・・、という感じでメンバー入れ換えても同じような音になる可能性も結構高いです。建て前上は、ジャズの人はみなアドリブが弾けてそれぞれのオリジナリティがあって・・、とゆうことになってますけどね。一方、「ロック・ポップス」の場ではモントルージャズフェスだろうが、どこだろうが、ヘタウマ演奏とゆうのが第一線の場であるけど、ジャズ・フュージョンの第一線の場で、ヘタウマ演奏ってあるのかな、と思いました。ぱっと思いつかないのですが。
デレク・ベイリー?オーネット・コールマンのバイオリン?
そうゆうとこに、客がポップスに求めてるものとジャズ・フュージョンに求めてるものの違いの一端が出てるのかな、と思いました。
世にイギリスの第二の国歌と呼ばれてるものがあって、その一つは、ロッド・スチュワートの「ア~イアム、セーリ~ン!」とゆう奴で、そっちはしょぼすぎてわしにはあまり魅力が分からないのですが、もう一つがエドワード・エルガーの「威風堂々」です。昨日の『N響アワー』は、エルガー特集だったのですが、冒頭にイギリス「プロムス」での客が一体となった「威風堂々」の大合唱が流れて、もう感動。万歳、エルガー。
スペースシャワーTVのクラムボン特集見てました。いいです。ピアノもののメロディーものの曲だけ。原田郁子の声の良さが効いてないのはいらんです。
とゆうわけで、今聴いてる盤は、ジョン・ゾーン、デレク・ベイリー、ジョージ・ルイス/JOHN ZORN,DEREK BAILEY,GEORGE LEWIS『ヤンキース/YANKEES』(93年)。
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