« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

2009年6月29日 (月)

庄司紗矢香づくし

 昨日の『N響アワー』は「庄司紗矢香 20世紀の名曲を弾く!」。リゲティのバイオリン協奏曲。むちゃくちゃおもしろい。来週は庄司紗矢香が出るって先週聞いた時から楽しみにしてました。庄司紗矢香自身が魅力的な上に曲がおもしろくて、音楽としての娯楽性に拍車がかかる。

 『黄金の洋楽ライブ』にジョニ・ミッチェルの79年のライブ。何がすごいって、ジャコ・パストリアスやパット・メセニーやマイケル・ブレッカーらが伴奏してるってのがすごいです。アメリアに感動。
 これの直前にカイル・イーストウッドがブルーノート東京でやったライブを『Speak in Music』で放送しとったのですが、わしは、カイル・イーストウッドってこれ見たのと、前にちょろっと聞いたぐらいの記憶しかないのですが、音のキレがいまいちな感じに聴こえたけど、あれは機材のせいなんだろうか、それともそういうタッチの奏者なのか、その日の調子がそうだったのか、それともプロとしたらたいした能力はないけど親の威光で地位を得てるだけなのか。どれなのでしょう。吉田美奈子が地球規模の喪失と称するジャコさんと比べられたら損かも知らんけど。

 『ETV特集 日本と朝鮮半島2000年』第三回「仏教伝来」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月27日 (土)

「池上線」に西岡恭蔵

 BS朝日の『うたの旅人』に西島三重子の「池上線」。西島三重子は、こないだはNHKラジオの『ラジオビタミン』に出とって「池上線」の話もしとったけど、わしはこの曲あんまり聴いたことないのでどうつながっとるんか分からんけど、番組の中で西岡恭蔵の「街の君」という曲が流れました。むちゃくちゃいい。「池上線」みたいなフォーク歌謡曲もわしはわりと好きなので聴くと「なかなかいい」となるけど、西岡恭蔵がかかると「すごくいい!」って反応になります。
 今はおばちゃんて感じだが、当時の西島三重子きれい。余談。

 フジテレビ『実録ドラマスペシャル 妻よ!松本サリン事件 犯人と呼ばれて…家族を守り抜いた15年』出演:石黒賢、松下由樹、大地康雄、前田敦子、宮崎香蓮、西尾まりなど。
 ドラマ部分とドキュメンタリー部分を混ぜて構成されとるんじゃけど、ドラマ部分がザ・テレビドラマ!的な出来栄えで見てて苦笑いするしかないような所もあったりするけど、わりと見られました。昨日の朝日新聞テレビ欄の「試写室」番組レビューはこれで、それを読むと、幸せな事件前と事件後を対比強調して泣かそうとするようなドラマに寄りすぎてて、報道の過失に対する指摘が弱まってるようなことを書いてあって、それを読んで、「やばいなあ、やばそうな作りだなあ・・。あんまり見たくないなあ、そういうの・・」と思ったけど、結局見て、まあわりと見れて、報道体制への指摘も適度かなという気がしました。これを見て、もっと分かりやすく強調しないと、報道の責任というものが理解できないという人は、あんまり報道の仕事に関わらない方がいい。
 「マスコミによって作られたイメージはマスコミによって変えることだねえ」、弁護士役大地康雄の科白。

 ファラ・フォーセット死去。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月26日 (金)

『マーズTV』や『寺内ヘンドリックス』や。

 『クラシック倶楽部』「アラカルト マリオ・ブルネロ/竹澤恭子」。ピアノ伴奏、小川典子。田部京子との連弾を見て以来小川典子好き。
 「ブロドスキー・カルテット&小松亮太コンサート」。「アウラータ・クィンテット/モザイク・カルテット演奏会」。

 映画『暗闇でドッキリ』(64年、米)。むっちゃおもしろい。出演:ピーター・セラーズ、エルケ・ソマー、ジョージ・サンダースなど。

 NHKアニメ『川の光』。エコがどうとか言う番組群の中でのアニメ。
 つまんないんだけど、まあ小学生以下用だな、という感じで小学生以下じゃない自分にとってつまんないのはせんないことです。人間があまり出てこないために、近年の日本アニメの流行絵が強調されないので、見られます。内容の大部分が映画黎明期で言うところの“追っかけ物”だっけ、そればっかりなので、そういうのに魅力を感じない客だともちません。しまいには追っかけられる方が「大丈夫かなあ」という問いに「これまでだって結局なんとかなってきたじゃない」という、“追っかけ物”でそれ言っちゃ元も子もないだろ!という科白をはくので見ててずっこけました。
 よく知った風な“文化人”“タレント”らが「子どもを甘く見ちゃいけない。子ども用に分かりやすくしようとすると、逆に子どもたちにとっては面白くない。“大人向け”のような作りでも、子どもたちはちゃんと内容を理解することが出来るんだ」ということを言いたがるけど、実際のとこやっぱり子どもに受ける“分かりやすい”作りってのはあるよね。
 という話を置いといて、これのびっくりなとこは、こう“一般の世界”で「豪華声優人!」と言うアオリを番組でしてると、声優を専門にやっとる人らじゃなくて、テレビ顔出しで芸能人やっとる人らが声優やってます!っていう意味のアオリになると思うんじゃけど、この『川の光』はNHKのエコくくりの番組という“一般”の世界なのに折笠富美子、金田朋子、平野綾、田中敦子などと、ちゃんとアニメ枠で言う豪華声優人!なところがびっくりです。“ちゃんと”って・・。
 しかし、何度も言いますが、大量消費社会推進委員会の代表のテレビが「エコ!エコ!」言ってるのは偽善の匂いばかりがぷんぷんします。

 イレブン・シネマズ『大魔神逆襲』(66年)。あからさまに子供向けにした分、おもしろさ半減です。スタンドバイミーの要領でしょうか。映画界で長いこと言われてることに「子どもと動物にはかなわない」ということがあるようですが、それは女・子供にはそういうのが受けるってことなんだろうけど、そういうのに惹かれん人には関係のないことです。でも、さすがに大魔神が登場するとおもしろい。今回は、何で登場したの?って感じだけど、登場する必然性はさておき魅力があるって、存在がすごいね。やっぱり、こうゆうのは一作目がいいんですかね。
 あと、映画の構成でスタッフロールが映画冒頭からエンディングに変化する時期ってのがあると思うのですが、この3作目がスタッフロール、エンディングになってます。まだ短い頃。66年。
 監督:森一生、脚本:吉田哲郎、音楽:伊福部昭、特撮監督:黒田義之。

 BS11『喬太郎のそれでも気楽に粋ましょう』が終わった。ようわからんが、どうやらこの8時-10時、放送開始当初は7時-10時の生放送の枠は完全に閉じるようだ。わしはBS11が好きってのを何度も言ってますが、それは『INsideOUT』の報道番組としてのまともさってのもあるけど、3時間『大人の自由時間』、ゴールデンタイムだとか言われる“地上波”が詰め込むことに躍起になってる時間帯に生放送でぼちぼちとやってるっていうのが、わしを惹いたと思うのです。
 それは、わしは、今でもなんとなくテレビ朝日にいいイメージを持っとるんじゃけど、それは古舘伊知郎なんかまるで見る価値を感じなくても、じゃあなんかおもしろいのあるかっちゅうたら『タモリ倶楽部』くらいしかパッと浮かばなくったって、そんないいイメージなんじゃけど、それはおそらく、90年代前半頃に「プレステージ」じゃったか名前はくっきり覚えとらんけど、深夜に3時間か4時間ぐらい生放送、帯でやっとって、そこに蓮舫、飯星景子、田中綾子らが司会やって小沢遼子なんかが出てたり、他の曜日がどうじゃったか忘れたけど、そういうことをやっとった印象でいいイメージになってるような気がするんだよな。その後、広告不況だかなんだか、深夜帯がどこも洋画流すか通信販売の時間になっちゃって消えてっちゃって、深夜番組の雄であるフジテレビもたいしたことなくなっていったわけですが。それが今も、いい印象で残ってしまってるのです。
 で、そういうのと同じ感覚でBS11にも好きな印象を持ったと思うんだよな、わしは。ということで、そのわしが惹かれる元となった『大人の自由時間』の枠が無くなってしまうBS11。わしのBS11に対するいいイメージはいつまで残るだろうか。さようなら。「大人の自由時間」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月22日 (月)

嘘を信じる私たち。

 BS11の『大人の自由時間』の生き残りだった『阿川・壇のああ言えば交遊BAR』も終わり。『喬太郎のそれでも気楽に粋ましょう』も終わるようだ。残念。“第2日本国”終わりと聞いてしんみりしてしまった。ライブハウスで、トーマスヨハンセンは解散します、ってのを聞いた時みたいに寂しい気持ちになってしまった。どうなんの、BS11。前も言ったが、他のBSどれかつぶしてもいいから、その予算をBS11に回しなさい。
 『西川のりおの言語道断』までも終わるようだ。

 昨日の『日曜美術館』はロダンのことをやっとったのですが、カミーユとロダンの彫刻ですごく似てるのがあって「ロダンはカミーユの作品を盗作したのか?」というお題の元に両作品を三次元CGに取り込んで重ねてみる、っちゅうのをやっとったけど、わしは「はあ!?はあ!?」「この番組の言ってる盗作ってどういう意味?」「CGで重ねてる意味があんの!?」って頭の中はてなマークだらけでした。「よく似てますが、違う部分もありますねえ」って、そりゃああるだろうよ!!同じ型で作ってるんじゃなかったら、そりゃ、そっくりにやろうとしてたって重なんないだろうよ。それCGじゃなくて、見りゃ分かることじゃないか!
 こう、近年の美術番組で作品の検証をするって企画の時に、意味もなくCGに取り込むって場面、よく見るよね。あれはいったい何なんだろ。“最新技術”とやらは、何でも使っときゃあ上質になるとか説得力が増すってわけじゃあねえだろ。それはちゃんと考えた方がいいんじゃないか。

 『黄金の洋楽ライブ』にジューダス・プリースト。2005年の武道館。かっこいい。案内役は武蔵。同世代じゃないですか。そうなんだよな、この世代はジューダス・プリーストの何がインパクトがあったって言うと、“メタルゴッド”の地位を確立していった時期じゃなくて、もう大御所扱いになってる90年のペインキラーなんだよな。かっこいい。

 BS11『INsideOUT』で総選挙ドキュメント特集の週が始まった。
 麻生総理でも誰でもいいけど、「民主党は大盤振る舞いなことを言うけど、その予算をどうするんだってことは一言も言わない!」っていうような嘘を宣伝してまわってるのは、あれは何なんだろ。
 民主党が言ってるお金の出所が確実かどうかは別として、言ってることは言ってるってのが本当なんだから、それを「言ってない!」と嘘を言いまわるのは、別に敵をおとしめるためじゃったら何言ってもい~じゃん、て主義ってことなわけか。
 政治じゃなく、音楽の評論や番組司会の話しの時によく言っとることじゃけど、嘘を元に褒めちぎったって褒める対象を逆に貶めるだけだし、嘘を元に批判したってその批判には攻撃力がないんじゃけえ、批判、攻撃をしたいんじゃったら、「あいつらは一言も言ってない!」じゃなくて「あいつらは財源のことは言ってるけど、そんな出所は実際にはこうこうこうでお金なんか出てこない!」と言った方がええんじゃねえの?
 と言うが、実際には嘘を元に褒めちぎっても、その嘘を信じる人が多いので、そういう嘘・知識不足を元にした評論が成立出来るのが実際の世の中。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月19日 (金)

テレビドラマの制約って誰による制約?

 『クラシック倶楽部』「アラカルト 諏訪内晶子ニコラ・アンゲリッシュリサイタル、4人のバイオリニストの競演」。「アフラートゥス・クインテット、菊池洋子コンサート」。モーツアルトの曲って大抵つまんないから、こう、綺麗な人が演奏してますっていうような音楽以外の魅力的な要素がないともたないよね。に比して、リヒャルト・シュトラウスの良いこと。「交響詩“ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら”」。

 イレブン・シネマズ『大魔神怒る』(66年)監督:三隅研次、特撮監督:黒田義之、脚本:吉田哲郎、音楽:伊福部昭、出演:本郷功次郎、藤村志保など。
 おもしろい。おもしろいけど、「神さまが助け」すぎです、前作に比べて。これじゃ完全に大魔神が正義の味方です。あと時代劇の悪役の笑い方と麻生太郎の笑い方って同じなので、悪役が笑うと麻生の顔が浮かぶってのがこの時期面倒ですね。

 フジテレビドラマ『親父の一番長い日』。おもしろくない。なんでそんなに車椅子を不幸に描くのかわかりませんでした。
 さだまさしの「親父の一番長い日」をテレビドラマにするのは二度目でしょうか。ひょっとしてもう10年以上前なんかな?そんくらい?その時の『親父の一番長い日』はおもしろかったのか、おもしろくなかったのかよく覚えとらんで、一応はいい印象で残ってて、親父役の財津一郎が印刷屋かなんかの設定で、最後に式場で「号外~、号外~」って自作の新聞配るって場面だけ覚えとるけど。兄貴役が誰だったか妹役が誰だったかも覚えとらんけど、今回は長澤まさみじゃったけど、前回もそん時の一線のアイドルが妹役をやったんかなあ?
 始まってすぐぐらいにもう、さだまさしの歌の「親父の一番長い日」がかかって、「それは、もっとためるべきだろ!」と唸りそうになりました。でも、ためるどころかエンディングにもたいしてかからんかったし、そこの定番としてのツボを抑える気は無いようでしたね。
 脚本上、話の展開上、母の仁科亜季子が入院する件がなんで必要なのか不思議で、エピソードのダブりによるマイナス効果なんか考えてしまって、しばらく不思議に思いながら見てしまう羽目に陥って「脚本の人、教えてくれ!」って思ったけど、だいぶしてハッと思ったのは、娘が料理する状況を作るためですか??そんだけのため!??にあの件が必要?脚本の人、教えてくれ!脚本:酒井雅秋。
 こうゆう展開とか演技、演出なんかが民放テレビドラマの制約かということを、こうゆうの見ると考えちゃうけど、だったらテーマ曲「親父の一番長い日」を効果的にかけるという“制約”はお約束どおりちゃんと抑えた方が良かったのでは、という感想。キングオブコメディー今野がグラブを地面に叩きつけるところは面白かったです。
 今日の朝日新聞のテレビ欄の番組レビューはこれで、伏線の貼り方なんかをドラマ職人としての技を感じたというようなことを書いとったけど、筆者はこれを見てどうしてそんなに褒めようと思ったのかよくわかりませんでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月16日 (火)

栗コーダーカルテットが不充分ならば。「稽古百回舞台一回」。意味を空にして軽薄にしてしまう日本人がどこかにいる。

 『クラシック倶楽部』に「レッド・プリースト スタジオコンサート」。おもしろい。どこまでがヴィヴァルディの楽譜でどんくらいいじっとるんか分量は分からんけど、アンサンブルの完璧さにびっくりです。室内楽的な編成を考えれば、3人や4人で演奏するってのは別に珍しいことじゃないわけだけど、クラシック楽器で4人で演奏して、打楽器もなくって、こんなにスキのないハネた編曲が出来るっけ!?という驚きだ。リコーダーでこんなにキレのいい演奏が出来るのかという感動も。
 でもこのバンドは、わしは、新しい試みってよりは70年代前半か中間ぐらいの一部のプログレッシブロックを想起します。グリフィンあたりの。あと、90年代以降の“メロディックデスメタル”というものが、デス声も無くなってブラストビートも無くなってエレキ楽器でもなくなって弦楽四重奏みたいになってくみたいな。そうゆう全然“ロック”じゃない編成になることが、逆にロックを感じるような、そういう感覚。
 バロックへの現代的アプローチなら現代ピアノを使いそうなところがチェンバロでやってんのがおさえるとこおさえてるよなああ。リコーダー、ピアーズ・アダムス。ヴァイオリン、ジュリア・ビショップ。チェロ、アンジェラ・イースト。チェンバロ、ハワード・ビーチ。

 日本人がそれをやってる姿を見ても思うことだけど、外国の映像を見るとさらに思わされることには、例えば、今日もイランのデモンストレーターたちがピースサインを掲げながら行進をしとる映像がニュースで流れとったけど、ピースサインだろうがその裏側のファックサインだろうが、ただのカメラに写る時のポーズでしかない日本人と違って、他国の人たちがするピースサインには意味・主張が込められているんだよな。他国と言うよりも元々のピースサインは、と言った方がいいのかもしれんけど。わしは、4人ぐらいで並んで何枚か続けて写真撮られた時に、ピースサインしたりポーズとる他の3人の横で普通に並んで撮られとったら、おまえは何でポーズを撮らないんだ!って注意されたことがあるけど、ピースサインして写真に写ってる人がバカに見えてしまうわしは、そんなポーズとりたくないもんなああ・・。

 『お好み寄席 この人・この芸 翁家和楽社中』。太神楽の人たち、素晴らしいなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月15日 (月)

「なごり雪」は英語で歌わない方がいいんじゃないかな。

 『BS20年 テレビこう見ると世界がわかる ピーター・バラカン 音楽は時代の叫び』。NENAというバンドは、わしが日本の歌謡曲バンドよりも“洋楽”の方を多く聴き始めるようになるかならないかの境目ぐらいの時期にヒットしていたバンドで、そのヒット曲の「ロックバルーンは99」やヒット曲かどうか知らんけど長いバラードみたいなんがすごく好きで、当時、中学生ぐらいの時に広島の紀伊国屋のレコード屋で小遣い握り締め、NENAのレコードを買おうかどうか迷ってた時のことを今でも覚えています。結局、買わなくって、初めて買った“洋楽”のレコードはブルース・スプリングスティーンになったけど。“初めて買った洋楽のレコード”というエピソードとしてはブルース・スプリングスティーンよりもネーナの方がおもしろいなあ。そのヒット曲の「ロックバルーンは99」がもう題名からしても、こんな番組で取り上げられるような反戦歌だったとは全然知りませんでした。
 ピーター・バラカン、いいディスクジョッキーだなあ。

 『ホリデーにっぽん サヘルとフローラ イラン人親子の東京物語』

 「なごり雪」を英語で歌うと「Let it beに似てます!」ってのが強調されるだけなんじゃないかなああ。日本芸能界の歌謡曲を英語で歌うというやり口はあってもいいと思うけど、ちゃんと考慮してやらないと。いいと言うのは、それがオリジナリティがあると思ってるならその点は間抜けだけど、別にオリジナリティがないものだって感動したり心地良かったりするものはある、という意味において「いい」と言うのだけれど。『BS11スペシャル カノン スペシャルLIVE』。「ヒーリングを超えた聖なる歌声と称される」というアオリも、歌唱力の足りなさをまやかすために癒されるでなく、癒しを超えているという言い方をしてるのかとさえ勘繰ってしまいます。2、3曲ぐらいは良いです。
 BS11は、わしは声援送っとりますが、BS11の扱う音楽(番組)に関しては、今のとこ二流って印象です。や、でも本田ちゃんはいいか。あんまり音の良くない電子ピアノで弾かされとるけど。あ、原信夫もあったか。先週の『ああ言えば交遊BAR』の田近香子も、いい音の楽器だったらなあ、って感じだったなあ。

 『日曜美術館』で「黒い線の行方 ベルナール・ビュフェ」。『ETV特集』で「韓流シネマ 抵抗の系譜」。

 今日『ラジオビタミン』聴いとったら牧野由依の歌で知ってる「スピラーレ」の作者自身の?ピアノインストルメンタル版がかかっとって、結構良かった。窪田ミナ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月12日 (金)

世界の坂本、世界一の辻井伸行

 今週見た『クラシック倶楽部』は、「ギター・フェスタ2008」エドゥアルド・フェルナンデス、福田進一、荘村清志。「トン・コープマン オルガン・リサイタル」。

 今週の『INsideOUT』水曜は、ゲスト前川輝光さんで「インド民主主義とカースト差別」でした。おもしろい。“身分的方言”というのもおもしろかった。

 昨日聴いた盤は、くぼあつこwithつつみりえ「トライアド」(04年)。名盤。くぼあつこの音楽を言葉で説明するのに、くぼあつこより遥かに有名であろう浜田真理子の名前を使いましたが、わし、浜田真理子はいいと思ってて、アルバムを一枚手に入れましたがそれは思ってたほどよくはなかったのですが、“鍵盤楽器で弾き語ってる”という点においては“同じスタイル”であると言えるくぼあつこは、このCDで初めて聴き触れたくぼあつこはもうどんどん沁みてきてます。
 今日、今聴いてる盤は、浜田真理子「あなたへ」(02年)。と思ったが、浜田真理子のこれ、結構いいです。

 今日のラテ欄では辻井さんの“凱旋ライブ”に触れて「世界一」という言葉を各“ワイドショー”が使ってたのが気になりました。音楽界では「チャイコフスキーコンクール第1位!」とか「ショパンコンクール最高位受賞!」とかいう冠を煽りに使うことってあるけど、一コンクールで1位を獲ったことを「世界一」という言葉に摩り替えることってしないと思うのだが、さすが“ワイドショー”です。浅はかです。
 こう「世界一」って言いたがる“ワイドショー”って、「世界のサカモト」とか「世界の○○」ってやたら言いたがるのと同じ了見でしょうか。つまり外国、特に西欧に対するコンプレックスでやたら“負けてない”ことを主張したがるという。コンクール1位と「世界一」って全然関係ない話だもんな・・。
 でも、辻井さんはまともにミュージシャン、ピアニストなので、辻井さん自体にスポットが当たることは、結果オーライということで、良いことか。スポット当ててる理由が明らかに音楽じゃない理由だとしても。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 9日 (火)

その音楽に興味がなくても音楽の話題を取り上げる理由はある。

 辻井伸行という名前は音楽ファンの間ではある程度知られた名前だと思うけど、“ワイドショー”のラテ欄だとことごとくそれよりも文字数のかかる“全盲ピアニスト”という名前に変わってしまうんだな、という感想。NHKのニュースで現地への?電話取材に辻井さんが「障害と関係なく、ピアニストとして評価されたのがうれしい」と答えてたけど、“ワイドショー”にとっては障害者であることが重要だという事実。今年の24時間テレビに出るんじゃないか?

 今日見た『クラシック倶楽部』は、「松田奈緒美ソプラノ・リサイタル」。ピアノ大藪祐歌。とても良い。大藪祐歌きれい。「てぃんさぐぬ花」を西洋歌唱で歌うのもけっこういい。

 「作曲は霊感、編曲は技術」西村朗『N響アワー』にて。知ってる人には当たり前で、そんなん気にしたことない人には全然ピンとこない話なのでしょうが、作曲と編曲に関わる能力の違いを西村さん説明してました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 7日 (日)

ドラえもん辞書

 NHKの『こども手話ウィークリー』で「子どもの読解力が低下している」という話の流れで「辞書引き学習法」というのが小学校で流行っているという話題をやっていた。分からない言葉があったら辞書で調べるという時間を授業でもうけてるというのだ。それで調べた言葉のページに付箋をどんどん貼っていくんだと。それで多い子はもう1000枚位の付箋が貼られてます、という話し。わしは「ばかじゃねえの?」と思い、「これは付箋を扱ってる文具会社と癒着があるんだな」とまで思ってしまいました。分からない言葉があったら辞書で調べるのは当たり前で自然なことであって、学校がそういう時間をもうけるとかもうけないとかいう話しじゃねえだろ!
 わしが今でも使ってる数冊の辞書を友達が見た時にたくさんの言葉に赤線がひっぱってあるのを見て、「ああ、学生の頃よくやってたよね」と言ったが、わしは「これは今でもひいてんだよ」と答えた。それはそのとおりのほんとの話しで、わしは5年前くらいに、もう英和辞書じゃ埒が明かんと思って英英辞書を使い始めたのですが、それはもうとっくに学生じゃなくなっての今日までの5年じゃけど、その英英辞書ももう結構あちこちのページ赤くなってます。それで、そうやってる自分の実感として赤線が増えていくと、こんだけ調べたのかという満足感みたいなものがあって嬉しくなって、またその嬉しさでどんどん調べるような効果があるというのは実感として分かっていて、「辞書引き学習法」をやってる小学生だちが付箋がたくさん貼られてかさばってる辞書を自慢げに見せるのも、そういう効果が出てるんだということは分かるけど、それ付箋じゃなくて昔からわしや色んな人がやってるみたいに線ひっぱっとけばいいんじゃねえの?という気がする。かさばらないじゃん。手軽じゃん。千枚もの付箋を使う理由がどこに?と考える。
 番組の最後に、たくさん付箋を貼って辞書を酷使する「辞書引き学習法」の使用方に堪えられるように、表紙が紙じゃなくプラスティックの辞書も出されていて、それは結構売れてますという話題も付け加えていた。「ああ、やっぱり商売にはっきり繋がってるのね」と納得の締めだ。そう言ってるわしは赤ペン業者と癒着があるんだな。

 さっき、もも~いがNHKラジオで「無」というテーマでどういうことを考えるかというアナウンサーの質問に対して、自分の“ポップス作曲”の活動にふれて「無から有を生み出す」という話しをしとったけど、それは大きな間違いで、ポップスの作曲というのは先人達が培い築き上げて来た90%ぐらいの雛形に自分の要素をカチャッカチャッとはめ込んでいく作業を「作曲」と呼んでいるのであって、無から有を生み出してるんじゃなくて、90%とか95%ぐらいある土台を100の商品にしている、有を有にしてるのがポップスの作曲です。さっきのもも~いだけじゃなくって、「無から有を生み出してる」という言い方をポップス・歌謡曲の“作曲家”、シンガーソングライターがしてるのはよく見かけるけど、物事の認識間違いです。

 ミュージックエアで『キャロル・ウェルスマン/モントリオール』2000年のライブ。フランス語と英語がごっちゃに乱れ飛びます。『ダイアナ・クラール特集』。

 今日見たアニメは『わたしのコーヒー・サムライ -自販機的な彼氏-』2007年。人間の姿にならない方がおもしろいはず!絶対。近年の「日本アニメ」的な人物の絵柄じゃなくって「三丁目の夕日」的な絵柄がちょっと「日本アニメ」におもねったぐらいの絵柄なので見られます。ところで、これ『Mr. Vending Machine』とは関係あるんでしょうか?どっちも韓国だし。自販機だし。制作年も近いような。日本だと登場人物の1人がアンドロイド、ロボットみたいな設定が多いってゆうような定番があるけど、韓国だと登場人物の1人が自販機、ってのが定番!みたいなんがあるんじゃろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 6日 (土)

「それはテンガでしょ?」

 BS11『大人の金曜日/吉田照美みうらじゅんのかゆいところはありませんか?2』。熊田曜子、なべやかん。
 昨日の朝日新聞の記事「ラジオアングル」で“亀&アンコー”の亀淵さんのNHK第一の番組を取り上げて、ラジオは音楽などで聴取者の懐かしい記憶を呼び起こしたりする面を挙げて、ラジオは過去に向いているメディアというようなことを書いていたが、そういう面がラジオにもあるし、テレビにもあるし、他のメディアにもあるってだけの話しでそんな定義を断定で言ってると、ちょっと待て!、と起立します。ラジオがそんなとこに限ったメディアじゃないことは照美さんの仕事をみたって伊集院光を聴いたって他の番組を探したって分かることだ。ラジオを聴いてない奴がラジオについての記事を書いてるのかとさえ思ってしまいます。
 ということでラジオ職人の照美さんとそのラジオ番組でつながってるみうらじゅん、なべやかんなどで番組。確か1では長崎莉奈が出てた気がしますが、2では熊田曜子。大物呼んだなあBS11(グラビア界で)。と、長崎莉奈がどれくらいの著名度なのか知らんのだが。
 それにしてもやかんちゃんは梵に似てるなあ。

 『喬太郎のそれでも気楽に粋ましょう』に東京ボーイズ。2人になってるのを初めて知りました。ビバリー昼ズ聞けないと情報が飛んできませんねええ。細野晴臣の入った東京ボーイズ、それ見たいなあ。

 テレビの疑問をひとつ。ここ日本で「二ヶ国語放送」というと、主音声では日本語で放送しとって副音声で英語だか他の言語で放送をしとるというのが当然のやり方だと思うが、たまに、いや、わしはよく見かける気がするが、例えば今日放送しとったドイツで制作されたそうなルーマニアのチャウシェスク政権はどうやって崩壊させられたかのドキュメンタリー番組は、いろんな国の証言者が出てきて英語で話したりロシア語で話したり、ルーマニア語?とかフランス語もあったかな、で話したり、それで字幕はつかないわけだ。主音声では日本語の吹き替えがついてるということで日本語だけ分かれば番組が分かるわけですが、副音声では何ヶ国語も出てきて「二ヶ国語放送」って・・・。それ「二」じゃねえだろ!この番組がオリジナルはドイツで放送されたのかどこで放送されたのかは分からんけど、それは何かドイツ語か英語か一言語が分かれば分かる状態で放送されてるはずだよね。副音声ではそれの状態で放送するべきなんじゃねえの!??いったいどういう了見でそんな状態の多言語放送にしてるのか理解が出来ない。教えてくださいNHK。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 4日 (木)

※政治記者の人たちへ強い要望。

 政治家が「仮定の質問には答えられません」と答えたら記者は「仮定の状況を想定して考えるのが政治家の仕事ではないんですか?」と質問してください。
 わしは政治家のその常套句を聞くといつもその疑問がよぎるのに、それを新聞記者でもテレビの記者の人らでもつっこまないというのがすごく不思議だ。たけしさんが「遺憾に思います」などの“政治家用語”を禁止したらどうだ、という案を言ってたことがありますが、それはもちろん芸人的な風刺の話しであって、現実に禁止することはできないわけだけど、記者がちょこっと質問するってのは現実に出来ることだよね。
 ただ単に答えたくない質問に「仮定の質問には答えない」と聞いた科白を言ってる政治家も「いや、他の答えたくってたまらない質問には仮定の話しだろうがバンバンするだろう!」って感じで頭が足りない感じだが、質問する記者の方も機転が利かない人らがずらりと並んでるのか、と落胆する。

 黒田恭一さんが死んだそうです。

 『トラッドジャパン』でイギリス出身のバーナム・アトキンさんが金を払ってティーマナーを学んでる日本人は不思議という話をしていました。わしは、例えば“バラエティー番組”で“マナーの先生”が“マナーを知らないバカなタレント”に“マナー”を教えるというようなネタや、町のカルチャー教室でマナー講座が人気ですみたいなのを見ると、すごく気味の悪い道理の通ってなさを感じるのですが、それと近い感じでしょうか。“マナーを知らない下品なタレントにマナーを教える”という企画では、“上質なマナーの先生”が“下等なマナーを知らない人間”に物を教えるという構図になってるわけだけれども、そろそろ“上質なマナーの先生”が言ってることに対して「おまえが言ってる事、それほど上質じゃねえよ」と教えてあげる企画があってもいいんじゃないでしょうか。

 昨日見た『クラシック倶楽部』は「渡辺香津美ギター・ルネッサンス」。他がわりといいので、クラシックギターの定番中の定番のバッハの無伴奏チェロ組曲を渡辺香津美が普通に弾く必要はないんじゃないだろうか。フルアコで弾いたら良かったのに。

 今日の『ラジオビタミン』のゲストは太田裕美でした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年6月 2日 (火)

「いい芸人になったとお伝えください」

 BSフジ『Speak in Music』にFOURPLAY。すごくいい。

 五月の『オーケストラの森』は、山形交響楽団。バイオリン、滝千春。

 『ワールド・プレミアム・ライブ』のアビーロードスタジオライブでジプシーキングスが出とって、アビーロードのスタジオにギター、ベースを持った人たちがずらりと並ぶわけですが、演奏してるメンバー中4人が?サウスポーでギター弾いてる!?どうゆう集め方をしたらそんな割合になるんだ。意図的に左利きを集めないと、そんな状態にはならん気が・・。

 『黄金の洋楽ライブ』にジャニス・ジョプリンの67年。ジャニス、ブレーク前のテレビライブ?各音がすごくいい。アレサ・フランクリンの86年。あまり良くない。ショービズ色が濃くて入っていきにくいです。バラードがいいとか部分的にいいぐらい。ジャニスとセットで放送するんなら、アレサ・フランクリンも60年代か70年代ぐらいのライブを放送して欲しかったです。ここらへんの音楽は80年代や90年代になると高音質にはなるけど高センスではなくなるからなああ・・。
 となると想像してしまうのは、もしジャニスが70年に死んでなかったら、80年代や90年代のジャニスはショービズまるだしのような歌手になってたのかということです。そうなってた可能性もあるし、そうなってない可能性もありますが、おそろしいことであります。

 今日見た『クラシック倶楽部』は、「マリア・ジョアン・ピレシュ イン ブラジル」。「スーパーピアノレッスン」の時の演奏だそう。「アンサンブル・ジェネシス 光と影~音楽の創造」。わりといい。ソプラノ・松井亜希。

 今日の『ラジオビタミン』のゲストは神田紫が出ておりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »